2007-04-30
Tourist trap にはまる
名物にうまいものなし、と言うのはアメリカでも同じ。観光地で有名なレストランに入ってうまかったぁ、という経験をした人はあんまりないと思う。勿論、そういう貴重なレストランもあるだろうが、まれだ。英語で、そのように有名ではあるがしかしおいしくなかったり、やたらと高い料金だったり、その両方だったりするところを、tourist trap、つまり観光客罠と呼ぶ。
オレに限ってそんなところには入らないぞと、知らない土地に言ったときは、zagat.com という有料レストラン評価サイトで料理の点22点以上取ったところに行くようにしている。
今日からまた出張でボストンに来た。ボストン近郊には何回も来ているが、ボストン市内に泊まるのは2回目で、土地勘がない。夕食は、zagat.com で調べていくつか候補を決めて出かけたのだが、歩く方向を90度間違えたようで、違うところに出てしまった。古いバーを昔のまま保存したような地域だ。その中で、人が適当に入ってそうな店に決めて入った。Union Oyster House というところだ。
一見していい感じ。オイスターバーもあるし、食べている人は、そこそこ幸せそうな顔。席を頼むと、35分ぐらいと言われたので、バーでビールを飲みながら待つ。たまたまオレの両側には、日本人が2組。右側の男性二人組は、明らかに旅行客。何かの展示会の入場証をつけたままだ。左の若いカップルは、ひょっとしたら地元在住かもしれない。
35分経過。呼び出される気配無し。1時間ぐらい経ってから順番はまだか聞きに行くと、あと10分。だが、呼ばれず。実際に呼ばれたのはそのさらに5分後。1時間15分も無駄にした。
席に座る。壁には、昔の政治家の肖像画。恐らく独立戦争直後ぐらいに活躍した政治家なんだろう。暗くていかにも古そうな雰囲気の店内。何でもこのレストランは、重要文化財らしい。古いのは建物だけじゃない。ウエイトレスの半分は、おばあさん、と呼んでいい年配の人だ。
ボストンと言えばクラムチャウダーで、飽きているので、ちょっと目先を変えて、フィッシュチャウダーなるものを頼む。$4.95。すぐに出て来た。うーんと。ちょっと何これ?この魚、味がないなぁ。やっぱりクラムにしておけばよかった。
地元の魚の broil(って日本語で何?天火焼き?)$19.95 を頼む。15分ぐらいして出て来たのを見てびっくり。魚の切り身をオーブンで焼いたのと、ピラフだけ。付け合わせの野菜も何にもない。レモン2切れと、テイクアウトで使う安っぽいプラスチック容器入りのタルタルソースがちょっとだけあるだけ。食べてみる。うーん。何てこと無い、よく言えばくせのない、悪く言えばつまんない味の魚をつまんなく料理してある。おーい、これで、$19.95 なのー?
そういや、何だこの値段の付け方、ひどいね。.95 ドルって、スーパーの値札じゃないんだからね。何じゃこりゃ。
というわけで、このオレともあろうものが、不覚にも、tourist trap にはまってしまった。くやしい。恥ずかしい。めそめそ。もう今晩はフテ寝だ。
オレに限ってそんなところには入らないぞと、知らない土地に言ったときは、zagat.com という有料レストラン評価サイトで料理の点22点以上取ったところに行くようにしている。
今日からまた出張でボストンに来た。ボストン近郊には何回も来ているが、ボストン市内に泊まるのは2回目で、土地勘がない。夕食は、zagat.com で調べていくつか候補を決めて出かけたのだが、歩く方向を90度間違えたようで、違うところに出てしまった。古いバーを昔のまま保存したような地域だ。その中で、人が適当に入ってそうな店に決めて入った。Union Oyster House というところだ。
一見していい感じ。オイスターバーもあるし、食べている人は、そこそこ幸せそうな顔。席を頼むと、35分ぐらいと言われたので、バーでビールを飲みながら待つ。たまたまオレの両側には、日本人が2組。右側の男性二人組は、明らかに旅行客。何かの展示会の入場証をつけたままだ。左の若いカップルは、ひょっとしたら地元在住かもしれない。
35分経過。呼び出される気配無し。1時間ぐらい経ってから順番はまだか聞きに行くと、あと10分。だが、呼ばれず。実際に呼ばれたのはそのさらに5分後。1時間15分も無駄にした。
席に座る。壁には、昔の政治家の肖像画。恐らく独立戦争直後ぐらいに活躍した政治家なんだろう。暗くていかにも古そうな雰囲気の店内。何でもこのレストランは、重要文化財らしい。古いのは建物だけじゃない。ウエイトレスの半分は、おばあさん、と呼んでいい年配の人だ。
ボストンと言えばクラムチャウダーで、飽きているので、ちょっと目先を変えて、フィッシュチャウダーなるものを頼む。$4.95。すぐに出て来た。うーんと。ちょっと何これ?この魚、味がないなぁ。やっぱりクラムにしておけばよかった。
地元の魚の broil(って日本語で何?天火焼き?)$19.95 を頼む。15分ぐらいして出て来たのを見てびっくり。魚の切り身をオーブンで焼いたのと、ピラフだけ。付け合わせの野菜も何にもない。レモン2切れと、テイクアウトで使う安っぽいプラスチック容器入りのタルタルソースがちょっとだけあるだけ。食べてみる。うーん。何てこと無い、よく言えばくせのない、悪く言えばつまんない味の魚をつまんなく料理してある。おーい、これで、$19.95 なのー?
そういや、何だこの値段の付け方、ひどいね。.95 ドルって、スーパーの値札じゃないんだからね。何じゃこりゃ。
というわけで、このオレともあろうものが、不覚にも、tourist trap にはまってしまった。くやしい。恥ずかしい。めそめそ。もう今晩はフテ寝だ。
2007-04-22
ほめられ過ぎ世代
日本は子供をしかって矯正する教育、アメリカはほめて延ばす教育、と一般に言われている。日本の教育は子供を社会の枠に入れることを主眼とする。先生の指示に従わなかったり、校則に反したり、テストの回答が出題者の意図に反していたら罰を与える。これに対しアメリカの教育は、個性を延ばし、個を確立させることを主眼する。子供が何かをうまくできたらとにかくほめて、それぞれの子の才能を延ばしていく。オレは、日本の教育よりもそういうアメリカの教育の方がいいなぁ、と思っていた。
しかし、何事もやり過ぎはいけないようだ。時が経るにつれ、ほめ方がだんだん過度になったらしく、4月20日付けのヲールストリートジャーナル(下記注)の記事は、今年社会人になる世代のことを Most- Praised Generationつまり、「一番ほめられた世代」と呼んでいる。この世代が入社してくるので、受け入れ側の企業は、戦々恐々として、いろんな対策を練っているそうだ。(以下、この記事「The Most-Praised Generation Goes to Work」の受け売りなので、その点ご承知置きを。)
ほめる教育の一環として、アメリカの小学校の多くには、Student of Month というがあり、毎月優秀な生徒を選んで表彰する。これが始まった頃は、毎月ひとり生徒が選ばれていたのだが、表彰されないくてしょげる生徒が出たせいか、どんどん表彰人数が増えて行って、最近では毎月40人も選ばれる学校があるそうだ。つまり1年在籍すれば、全員ほぼ必ず表彰される、というわけだ。何じゃこりゃ。意味ないじゃん。(ありがたいことに息子の学校にはこんな馬鹿げた制度はなかった。多分。息子がもらわなかったので知らないだけかも。)
この問題の世代、家でも学校でも、ちょっと頑張れば当然できて当たり前のことができたら、偉いわねー、すごいねー、天才だねー、と言われて育った。また、少しでも何かに才能をみせたり、逆に何か苦手なことがあると、You are special (あなたは特別な才能があるわね。あなたは他人とは違うのよ。)と言われて続けた世代なんだそうだ。すべての行為に対して、すぐにほめられるのが当然と信じているので、ほめ言葉がないと不安になり、自信を喪失しやすいのだそうだ。
ほめ過ぎの別の問題点は、言葉のインフレ。フツーのことをしてもほめるわけだから、本当にすごいことをした時は、違うほめ方をしなければならない。そのための言葉が作られる。しかしそのうち、その言葉もフツーのことをした時に使われるようになり、新しい言葉が発明される。つまり、言葉の陳腐化という現象である。このため、昔は、You live in a nice house. (ナイスな家に住んでるね。) が褒め言葉だったのが、今や、けなし言葉に格下げされたのだそうだ。つまり、nice の使い過ぎで、nice は無意味な言葉となったというわけだ。
アメリカの大学の卒業は、6月頃なので、7月からこの新世代の新卒が大量に入社してくることになる。この新入社員達をつなぎ止めるために、各社はいろいろな対策を講じている。ある会社では、他の社員をほめたり、はやしたてたりする担当の人を雇ったそうだ。この人は、毎日いろいろな社員の机に風船を持って行ったり、感謝のカードを書いたりするらしい。また、ある企業では、管理職に部下に一日何通以上感者の電子メールや(紙の)カードを送るという目標設定をしているそうだ。また、違う会社では、社員の家族に感謝状を送ったりしているらしい。さらにさらに、ほめるコンサルタントというのがちゃんといて、こういうのを雇って、会社のトップや管理職にほめる訓練をしたりもしているそうだ。
しかし、社員をほめるための理由というのが、「会社に毎日出社していただいて、ありがとう」とかいう低レベルなのもあって、オレ達の世代からすると、まったく馬鹿げている。訓練を受けた旧世代の管理職からは、「オレ達が新入社員だった頃は、上司から怒鳴られないことが最大の褒美だったのになぁ」とぼやきも聞こえてくるとか。全く、世話のやけそうな世代になるようだ。
そんなわけで、弊社会長、毎日ちゃんと出勤しているオレを何でほめてくんないのー。ほめてくんないと、辞めちゃうよ。
注:
ヲールストリートジャーナル:The Wall Street Journal は、アメリカの経済新聞だが、一般生活記事も結構充実してて面白い。オンライン版は、www.wsj.com。紙名の Wall は、「ウォール」と書くのがフツーであることはわかっているが、オレは、これ、Love を「ラヴ」と書くのと同様の愚の骨頂と思い、使うのをやめた。なぜなら、多くの日本人は、この変な書き方とは関係無しに、実際には、「ヲール」、「ラブ」としか発音しないからだ。この書き方は、そう書く人が知識をひけらかすための自己満足でしかないと思う。フィルムの「フィ」のように、戦争前の世代には発音できない(「フ・イ」と読んでしまう)が、戦後世代の人は難なく普通に発音できるようになった音というのもあることはあるので、外国語の発音をカタカナで表記しようとする試み全てを否定しているわけではないが、「ヴ」や「ウォ」については、日本語の発音体系にはまず入らないと思う。
しかし、何事もやり過ぎはいけないようだ。時が経るにつれ、ほめ方がだんだん過度になったらしく、4月20日付けのヲールストリートジャーナル(下記注)の記事は、今年社会人になる世代のことを Most- Praised Generationつまり、「一番ほめられた世代」と呼んでいる。この世代が入社してくるので、受け入れ側の企業は、戦々恐々として、いろんな対策を練っているそうだ。(以下、この記事「The Most-Praised Generation Goes to Work」の受け売りなので、その点ご承知置きを。)
ほめる教育の一環として、アメリカの小学校の多くには、Student of Month というがあり、毎月優秀な生徒を選んで表彰する。これが始まった頃は、毎月ひとり生徒が選ばれていたのだが、表彰されないくてしょげる生徒が出たせいか、どんどん表彰人数が増えて行って、最近では毎月40人も選ばれる学校があるそうだ。つまり1年在籍すれば、全員ほぼ必ず表彰される、というわけだ。何じゃこりゃ。意味ないじゃん。(ありがたいことに息子の学校にはこんな馬鹿げた制度はなかった。多分。息子がもらわなかったので知らないだけかも。)
この問題の世代、家でも学校でも、ちょっと頑張れば当然できて当たり前のことができたら、偉いわねー、すごいねー、天才だねー、と言われて育った。また、少しでも何かに才能をみせたり、逆に何か苦手なことがあると、You are special (あなたは特別な才能があるわね。あなたは他人とは違うのよ。)と言われて続けた世代なんだそうだ。すべての行為に対して、すぐにほめられるのが当然と信じているので、ほめ言葉がないと不安になり、自信を喪失しやすいのだそうだ。
ほめ過ぎの別の問題点は、言葉のインフレ。フツーのことをしてもほめるわけだから、本当にすごいことをした時は、違うほめ方をしなければならない。そのための言葉が作られる。しかしそのうち、その言葉もフツーのことをした時に使われるようになり、新しい言葉が発明される。つまり、言葉の陳腐化という現象である。このため、昔は、You live in a nice house. (ナイスな家に住んでるね。) が褒め言葉だったのが、今や、けなし言葉に格下げされたのだそうだ。つまり、nice の使い過ぎで、nice は無意味な言葉となったというわけだ。
アメリカの大学の卒業は、6月頃なので、7月からこの新世代の新卒が大量に入社してくることになる。この新入社員達をつなぎ止めるために、各社はいろいろな対策を講じている。ある会社では、他の社員をほめたり、はやしたてたりする担当の人を雇ったそうだ。この人は、毎日いろいろな社員の机に風船を持って行ったり、感謝のカードを書いたりするらしい。また、ある企業では、管理職に部下に一日何通以上感者の電子メールや(紙の)カードを送るという目標設定をしているそうだ。また、違う会社では、社員の家族に感謝状を送ったりしているらしい。さらにさらに、ほめるコンサルタントというのがちゃんといて、こういうのを雇って、会社のトップや管理職にほめる訓練をしたりもしているそうだ。
しかし、社員をほめるための理由というのが、「会社に毎日出社していただいて、ありがとう」とかいう低レベルなのもあって、オレ達の世代からすると、まったく馬鹿げている。訓練を受けた旧世代の管理職からは、「オレ達が新入社員だった頃は、上司から怒鳴られないことが最大の褒美だったのになぁ」とぼやきも聞こえてくるとか。全く、世話のやけそうな世代になるようだ。
そんなわけで、弊社会長、毎日ちゃんと出勤しているオレを何でほめてくんないのー。ほめてくんないと、辞めちゃうよ。
注:
ヲールストリートジャーナル:The Wall Street Journal は、アメリカの経済新聞だが、一般生活記事も結構充実してて面白い。オンライン版は、www.wsj.com。紙名の Wall は、「ウォール」と書くのがフツーであることはわかっているが、オレは、これ、Love を「ラヴ」と書くのと同様の愚の骨頂と思い、使うのをやめた。なぜなら、多くの日本人は、この変な書き方とは関係無しに、実際には、「ヲール」、「ラブ」としか発音しないからだ。この書き方は、そう書く人が知識をひけらかすための自己満足でしかないと思う。フィルムの「フィ」のように、戦争前の世代には発音できない(「フ・イ」と読んでしまう)が、戦後世代の人は難なく普通に発音できるようになった音というのもあることはあるので、外国語の発音をカタカナで表記しようとする試み全てを否定しているわけではないが、「ヴ」や「ウォ」については、日本語の発音体系にはまず入らないと思う。
2007-04-13
アリクイに殺される
迷惑メール、あいかわらず多い。ひどい日には一日に50通とか来る時もある。英語で来る迷惑メールは、どっかのつぶれそうな会社の株を進めるもの(そうやって、誰かが少しでも買うと株価がちょっと上がるので、犯人は、売り抜ける。)、痩せ薬、バイアグラ、男のイチモツ増長等が多いが、日本語で来るのは、アダルト交際系が多い。
だいたいは、件名見れば迷惑メールとわかるから、中身を見ないで捨てる。ところが、迷惑メールとわかりつつ、開いてみたくなるものがたまにある。数ヶ月前に来たこのメールは、
主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。
という件名だった。
面白いので、引用してみよう。
なるほど、こう来るか。
いかにオオアリクイに殺されたのかの記述がないのが残念だが、なかなかの創作力。その才能を違うところに使えばいいのにな、と思ってしまった。
しかし、オオアリクイに殺されることなんて、本当にあるのか?と思っていたら、今日の Asahi.com に「アリクイに襲われ、飼育係の女性死亡」と題する記事が掲載されていた。アルゼンチンの動物園で、飼育係が飼っていたアリクイにひっかかれて殺された、というものだ。アリクイは、体長が2.8メートルもあり、前足には鋭いかぎつめがあるそうだ。なるほど、アリクリ、危ないんだね。気をつけなくっちゃ。

だいたいは、件名見れば迷惑メールとわかるから、中身を見ないで捨てる。ところが、迷惑メールとわかりつつ、開いてみたくなるものがたまにある。数ヶ月前に来たこのメールは、
主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。
という件名だった。
面白いので、引用してみよう。
いきなりのメール失礼します。
29歳の未亡人です。
昨年の夏、わけあって主人を亡くしました。
自分は…主人のことを…死ぬまで何も理解していなかったのが
とても悔やまれます。
主人はシンガポールに頻繁に旅行に向っていたのですが、
それは遊びの為の旅行ではなかったのです。
収入を得るために、私に内緒であんな危険な出稼ぎをしていたなんて。
一年が経過して、ようやく主人の死から立ち直ってきました。
ですが、お恥ずかしい話ですが、毎日の孤独な夜に、
身体の火照りが止まらなくなる時間も増えてきました。
主人の残した財産は莫大な額です。
つまり、謝礼は幾らでも出きますので、
私の性欲を満たして欲しいのです。
なるほど、こう来るか。
いかにオオアリクイに殺されたのかの記述がないのが残念だが、なかなかの創作力。その才能を違うところに使えばいいのにな、と思ってしまった。
しかし、オオアリクイに殺されることなんて、本当にあるのか?と思っていたら、今日の Asahi.com に「アリクイに襲われ、飼育係の女性死亡」と題する記事が掲載されていた。アルゼンチンの動物園で、飼育係が飼っていたアリクイにひっかかれて殺された、というものだ。アリクイは、体長が2.8メートルもあり、前足には鋭いかぎつめがあるそうだ。なるほど、アリクリ、危ないんだね。気をつけなくっちゃ。

2007-04-12
春のヨセミテ
3月末に日本の親戚の子二人が遊びに来たので、ヨセミテに連れて行った。
ヨセミテは、夏にキャンプで行ったことしかなく、春のヨセミテモ初めてなら、ホテルに泊まるのも初めてだった。
まず驚いたのは、滝の水量の多さだ。今まではだいたい真夏や秋口に行くことが多かったのだが、その時期は滝はちょろちょろと、申し訳程度にしか流れていない。ところが3月末はちょうど雪解け水が増える時期で、滝の水量が豊富だ。地図にには春以外は枯れてしまう滝、というのも記されており、逆に言うと、春は水が多いことがわかる。
写真左は、ブライダルベール滝。滝壺に近づくと水しぶきがすごく、まるで霧のようになっていた。
写真右は、ヨセミテ滝。これは、上の滝と下の滝の2段がまえになっている。下の滝壺にはごく簡単に歩いて行けるので、上の滝の滝壺にも行ってみたいと思ったが、パンフレットを調べると、往復で5時間かかるとあってあきらめた。下から見るとそんなに高く見えないのだが、すごい山道を歩く必要があるらしい。

木々の緑も若く、生命力に満ちているように感じられた。これはバカチョンのデジカメで取った画像では再現しにくいと思うが、とりあえず。
ヨセミテの入り口には、名前不明の紫の花がたくさん咲き乱れ、印象的だった。何と言う名前の花なんだろう?
春とはいえ、あちこちに雪が残っている。右の写真は、ミラ・レイク=鏡胡に映った残雪の山々。
ホテルはヨセミテロッジというのに泊まったが、思いのほかよかった。ちょっとベッドが柔らかすぎて腰が痛くなったが、しかし、ちゃんとシャワーの水も出て、冷蔵庫もついていて、テレビもあって、とても山奥にいるとは思えない。いいような、悪いような。
ところで、ホテルの近くのリサイクル用ゴミ箱、ビンだけ入れろという表示が、英語、ドイツ語、日本語で書かれていたのには驚いた。普通、カリフォルニアでは、多言語表示をする場合、英語、スペイン語、フランス語、中国語、韓国語、ベトナム語、カンボジア語、とかはあっても、日本語やドイツ語が書かれていることはまずない。そのくらいマイノリティー言語なのに、ヨセミテでは日本人とドイツ人はマジョリティーらしい。どうして?
今度はぜひ冬のヨセミテに挑戦したいものだ。ヨセミテを取り続けた有名な写真家、アンゼル・アダムスの写真で見る限り、冬のヨセミテは、とても静かで、夏や春とは全く違うようだ。
ヨセミテは、夏にキャンプで行ったことしかなく、春のヨセミテモ初めてなら、ホテルに泊まるのも初めてだった。


写真右は、ヨセミテ滝。これは、上の滝と下の滝の2段がまえになっている。下の滝壺にはごく簡単に歩いて行けるので、上の滝の滝壺にも行ってみたいと思ったが、パンフレットを調べると、往復で5時間かかるとあってあきらめた。下から見るとそんなに高く見えないのだが、すごい山道を歩く必要があるらしい。

木々の緑も若く、生命力に満ちているように感じられた。これはバカチョンのデジカメで取った画像では再現しにくいと思うが、とりあえず。


ホテルはヨセミテロッジというのに泊まったが、思いのほかよかった。ちょっとベッドが柔らかすぎて腰が痛くなったが、しかし、ちゃんとシャワーの水も出て、冷蔵庫もついていて、テレビもあって、とても山奥にいるとは思えない。いいような、悪いような。
ところで、ホテルの近くのリサイクル用ゴミ箱、ビンだけ入れろという表示が、英語、ドイツ語、日本語で書かれていたのには驚いた。普通、カリフォルニアでは、多言語表示をする場合、英語、スペイン語、フランス語、中国語、韓国語、ベトナム語、カンボジア語、とかはあっても、日本語やドイツ語が書かれていることはまずない。そのくらいマイノリティー言語なのに、ヨセミテでは日本人とドイツ人はマジョリティーらしい。どうして?
今度はぜひ冬のヨセミテに挑戦したいものだ。ヨセミテを取り続けた有名な写真家、アンゼル・アダムスの写真で見る限り、冬のヨセミテは、とても静かで、夏や春とは全く違うようだ。
2007-04-07
日本人研究者は発表の技術を学べ
3月に日本の某学会に行った。
そこで再認識したのだが、やっぱり日本人は発表の仕方がヘタだねー。
ほとんど、もう全員と言っていい位の発表者が、演壇の上に置いてあると思われるノートか、ノートパソコンを見たまま発表している。そして時々、スライドの上映されたスクリーンを見ている。誰一人として聴衆をじっと見ない。よくて、ちらっと見て、またスクリーンか演壇に視線を移す。
また7〜8割の発表者は、声が聞き取りにくい。ボソボソっと話す上に、聴衆を見ないで話すから、声がちっとも届かないのだ。(マイク使うから関係ないような気もするが、これが結構関係ある。)
発表者が教授とかだと、さすがに発表の経験が多いせいか、自信があるせいか、声だけはでかくなる。しかし、聴衆を見ないのは同じだ。
参加者の方にも問題がある。マイクがうまく機能してなくて声がちっとも聞こえなくても、誰も何も言わないのだ。アメリカの学会なら、聞こえないぞー、と後ろの人が怒鳴って教えてくれるのだが、日本の聴衆は静かに耐える。しゃべっている本人が気づくまで、お互いに無駄な時間を過ごすことになる。
研究者にとって、発表は大事な仕事である。これができないようでは、世界では通用しない。日本の大学は、論文の書き方、発表の仕方をきちんと教えるべきではないだろうか?それと、発表者は、原稿読まなくてもだいたいは発表できるぐらいに練習して来るべきである。
そこで再認識したのだが、やっぱり日本人は発表の仕方がヘタだねー。
ほとんど、もう全員と言っていい位の発表者が、演壇の上に置いてあると思われるノートか、ノートパソコンを見たまま発表している。そして時々、スライドの上映されたスクリーンを見ている。誰一人として聴衆をじっと見ない。よくて、ちらっと見て、またスクリーンか演壇に視線を移す。
また7〜8割の発表者は、声が聞き取りにくい。ボソボソっと話す上に、聴衆を見ないで話すから、声がちっとも届かないのだ。(マイク使うから関係ないような気もするが、これが結構関係ある。)
発表者が教授とかだと、さすがに発表の経験が多いせいか、自信があるせいか、声だけはでかくなる。しかし、聴衆を見ないのは同じだ。
参加者の方にも問題がある。マイクがうまく機能してなくて声がちっとも聞こえなくても、誰も何も言わないのだ。アメリカの学会なら、聞こえないぞー、と後ろの人が怒鳴って教えてくれるのだが、日本の聴衆は静かに耐える。しゃべっている本人が気づくまで、お互いに無駄な時間を過ごすことになる。
研究者にとって、発表は大事な仕事である。これができないようでは、世界では通用しない。日本の大学は、論文の書き方、発表の仕方をきちんと教えるべきではないだろうか?それと、発表者は、原稿読まなくてもだいたいは発表できるぐらいに練習して来るべきである。
2007-04-02
118番って何だ?
警察は110番、火事と救急車は119番。さて118番は何でしょう?
答えは、海上保安庁の海難事故受け付け用緊急番号だって。でもほとんどこの番号にかける人はなくて、受付の人は、かかってくる電話のほとんどが間違いなので、いやになっているって。
そりゃそうだよね。118番なんてほとんど誰もも知らないじゃん。それに、海難事故って海上で起きるわけだから、よっぽど陸に近くない限り携帯電話使えないじゃん。何考えているんだ、これを作った奴ら。きっと、警察庁と消防庁に対抗して、うちにも緊急番号が必要!と、役所の対抗意識で作ったんだろうな。税金の無駄遣いの象徴である。
というニュースに触れて思ったのだが、そもそも警察と消防が別の番号というのも合理性がない。交通事故では、急いで通報する必要があって、気も動転しているのに、110番と119番に別々に電話しなければいけないじゃないか。利用者の都合より、お役所のなわばり争いの都合都合を優先させたシステムである。これに118番が加わって、さらに不便になっている。
これに比べるとアメリカのシステムは合理的だ。緊急番号は、911番のひとつだけ。1回電話すれば事足りる。選挙民の代表としての議会が曲がりなりにも機能しているので、利用者の便が優先されているのだろう。何でもアメリカがいいと言いたいわけではないが、こういうところは見習うべきだとう思う。
答えは、海上保安庁の海難事故受け付け用緊急番号だって。でもほとんどこの番号にかける人はなくて、受付の人は、かかってくる電話のほとんどが間違いなので、いやになっているって。
そりゃそうだよね。118番なんてほとんど誰もも知らないじゃん。それに、海難事故って海上で起きるわけだから、よっぽど陸に近くない限り携帯電話使えないじゃん。何考えているんだ、これを作った奴ら。きっと、警察庁と消防庁に対抗して、うちにも緊急番号が必要!と、役所の対抗意識で作ったんだろうな。税金の無駄遣いの象徴である。
というニュースに触れて思ったのだが、そもそも警察と消防が別の番号というのも合理性がない。交通事故では、急いで通報する必要があって、気も動転しているのに、110番と119番に別々に電話しなければいけないじゃないか。利用者の都合より、お役所のなわばり争いの都合都合を優先させたシステムである。これに118番が加わって、さらに不便になっている。
これに比べるとアメリカのシステムは合理的だ。緊急番号は、911番のひとつだけ。1回電話すれば事足りる。選挙民の代表としての議会が曲がりなりにも機能しているので、利用者の便が優先されているのだろう。何でもアメリカがいいと言いたいわけではないが、こういうところは見習うべきだとう思う。